最終話 鏡面世界の果てで。
「なあ、フォード、今日はお別れを言いに来たんだ」
Ryoの突然の言葉…、
それをどのように受けて止めればいいのか、
フォードは全く対応が出来ません。
「お別れって…なんだ?」
やっと出た言葉がこれです。
動揺して、
いました。
「俺な、Fに住むわ」
「今までだって…、同じようなもんじゃないか」
「いや、そうじゃないんだ。俺は今後、トラメルには来ない」
「来ない?」
「正確には、来れないって言う方が正しいな」
たっぷり一分ほど経ってから、やっとフォードが口を開きました。
「それは…どういう意味だ」
「どうもうこうもない、そういう意味だ」
「…赤か」
「ああ」
「赤になるのか…」
「遭遇戦で相手を待っても、腕なんか上がるわけないしな。
やっぱりこっちからアタックしないとダメだろう」
このRyoの論理はある意味、
正論です。
フォードもそれには気づいていましたし、今でもそう思います。
攻撃を受けて後手に周ってしまっては、
どうやっても初撃を食らってしまったり反応が遅れたりと、
こちらに不利な材料しか揃いません。
「しかし、何もお前、赤にならなくても対人は、」
そう言おうとしたフォードは、
そこで口を閉ざしました。
…わかったのです。
もう、
わかってしまったのです。
彼自身から
「目標を攻撃して腕を上げると言っている」
わけですから、
Ryoの性格上、FPKをわざわざするとも思えません。
殺人カウントを承知でPK行為をどんどんやるだろう…、
その事実にフォードは気づいたのです。
この時の心境は、
数年経った今でも、
うまく表現出来ません。
ただその時、フォードの頭を巡っていたのは…
最初の、
偶然を装った出会い。
一緒に行った狩り。
考えをぶつけあったこと。
PSにいったこと。
そして毎日対人戦を練習したこと…。
今までのそういった出来事でした。
しかしそんなフォードの感慨も、
次のRyoの言葉で一気に現実に引き戻されました。
「Fで会えばお前といえども、
狩るから、な」
「…当然だろうな」
「ただ、フォードとは変わらない間柄でいたいんだよ。
ライバルつうのかな。
そう思って、挨拶しておきたかったんだ」
「そうか…」
その言葉には、純粋に感動しました。
事実、
彼とは今後も「形」は変わりますが、
友情が続いていくことになります。
…しばらくの間は。
「今後はZAXの家を、ギルドハウスにして活動するつもりだ。
ある程度仲間を集めたら、ギルドも作る。」
この一言は、
フォードの強烈なインパクトを与えました。
Ryoの赤ネーム宣言以上でした。
あれほど頑張ってZAXが建てた家が、
PKギルドハウスになる…。
何が起きているのか、フォードにはよく理解出来ませんでした。
RyoとZAXの間にどのような話があったのか、
それはわかりません。
ただ、
自分が無関係ではないあの家をPKによって使用される、
ということは
どうにも無性に納得出来ない…、
そんな気持ちが湧きあがってきました。
しかし実際には、
「ZAXは、…いいって言ったのか」
それぐらいしか言えませんでした。
「ああ、赤ネームになれば銀行も簡単に使えないし…。
(※当時は赤ネームになってしまうと、ガード圏内に入ることは容易ではありませんでした)
前の、ほら、警護団を作ったときも思ったんだけどさ。
一人でやってもしょうがないだろ?
だから、仲間集めてギルドを作る。
戦利品の管理とかさ、家がないと赤ネームにもなれないってことだな」
「そうか。あまり…無茶するなよ」
「賛成は、…フォードなら、しないか」
「かといって、俺が止めてお前がやめる…っていう話になりそうもないしな」
「フォードはやっぱりわかってくれてるな。
まあ、他のキャラでヘイブンに来たりもすると思うが、そんときゃよろしくな」
「ああ、もちろん」
「じゃ、行くわ。家の整理とかいろいろあるんだ」
「わかった。またな」
「ああ、またな」
これが、
Ryoというキャラクターを、
フォードがトランメルで見た最後の姿になりました。
「見てたよ」
ひょっこりSolomonが現れます。
(※前回Solomonが引退する、と話しましたが、これはその直前でした)
「ソロ…、なんだ、声かけてくれればいいじゃないか」
「いや、何て言うか、そういう雰囲気でもなかったし」
「そう、…かもな。わりい、なんか気ぃ使わせちまったな」
「いや、それはいいんだけど…、Ryo、赤ネームになるのか」
「みたいだ。まあ、ヤツらしいと言えば、ヤツらしいけどな」
「会ったら、やりあうんか?フォード」
即答出来ませんでした。
そうか…そうなんだよな。
俺は青ネーム、
ヤツは赤ネームに…。
今までの模擬戦とはわけが違います。
青ネームvs赤ネームの世界になるわけですから、
それこそ相手を考える余裕もなくなります。
そう考えた時、
冷静にRyoの戦闘力を分析しているフォードがいました。
よほど戦略に変更しなければ、
まず勝てるな…という算段をしていました。
メイジで来た場合は…、
武器を変えて襲ってきたら…、
ヤツのサポートに来るキャラのことも考えねば…。
がっかり…しました。
自分でそう考えて、すごくがっかりしました。
そういうヤツなんだな、俺は。
そして、気づきました。
Ryoに対する「自分」が何なのかに。
彼の存在は、
フォードの「もう1つの選択肢」でもあったのです。
あの段階でRyoが選んだ道は、
フォードも選べる道でもありました。
興味を持って対人戦を始めた時、
(そしてそれは誰にでも訪れやすいものだと思いますが)、
そこでプレイヤーは選択肢にぶつかるのです。
このまま対人戦を極めるのか、
元の狩り主体の生活に戻るのか。
その岐路に立った二人の戦士は、
それまで同じ存在でした。
それが道を選んだ瞬間に、
違う存在へと化した…だけなのかもしれません。
以前にRyoと交わした会話が頭をめぐりました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「だがでもなんでもねえよ、フォード。
お前だって自分の獲物に手ぇ出されたらそう思うだろうが」
「俺は…そんなことはない」
「嘘付け。
そうじゃなきゃ、
お前にはまだわかってないだけだよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
そのフォードが「わかってない」道を、
Ryoは本格的に歩き始めたわけです。
二度と交わらぬ道を、
この二人の戦士は、
もしかすると会った瞬間から選択していたのかもしれません。
それでも
昨日まで一緒に狩りをしていた仲間を、
PKとして失う喪失感は、
何とも言えないものでした。
「ソロ・・・ちょい、その辺ぶらぶらしてくるわ」
「ああ…。またな、フォード」
Solomonと別れてみたものの、
フォードに行く当てがこれといってあるわけではありませんでした。
狩りに行こうとするも、
何となくそういう気分になれず、
ぼんやりヘイブン銀行の前のベンチに腰掛けます。
見知らぬ多くの人々が、
様々な会話をしています。
狩りの成果を話し合う者、
生産の材料を買い求める者、
ギルドメンバー同士で模擬戦をしている者、
修理を頼む者…。
そんな中、
Youngタグのついた冒険者が1人、
まごつきながら銀行の前をウロウロしているのが目に入ります。
…俺もあんな感じだった。
そのYoungキャラクターの側に、
弓を持った冒険者が駆け寄ってきました。
二人の会話から察するに、
この弓師の方が先輩でいろいろ教えている様子です。
ヘイブンではよく見られる光景です。
…ZAXに会わなきゃ、
今、
こうしてUOしてなかっただろうなあ。
その二人は銀行でいろいろ準備をした後、
ムーンゲートの方に歩き始めました。
フォードも何とはなしに、ゲートに向かっていました。
どうやらYoungキャラクターの彼を、
弓師の女性キャラクターが首都・ブリテインに連れて行くようです。
ブリテイン…、そういやあまり行ったことがないなあ…。
そう思いながらフォードもムーンゲートをくぐり、
ブリテインに向かうことにしました。
目的など、ありません。
ただ何となく、ヘイブンを離れたくなったのです。
ゲートを出た瞬間、
ブリテインへ続く街道に向かう例の二人と交差するように、
ナイトメアにまたがった、フォードがよく知っている女性がやってきました。
「ZAX…」
「フォード? 珍しいね、ブリに来るなんて。しかもゲートで」
「Ryoに頼まれてね、今、荷物を移動してたの」
どの時間帯だったか、定かに覚えてはいません。
ただそんなに遅くはなかったと思います。
その頃はファセット間移動を魔法では出来なかったので、
ブリゲートと言えばフェルッカに行く人で溢れていることが多かったのですが…、
その時は誰もいませんでした。
「ZAX、さっきRyoに会った」
そうフォードが切り出しました。
「あ、うん、フォードに挨拶してくるって言ってたから」
「Ryo、赤ネームになるって言っててな」
「そうみたい。なんか、はりきってるよ。フォードもどんどん追い越されるよ」
「ZAXの家…ギルドハウスにするんだって?」
「うん、他に家を買うほどお金貯めてないし…、
しょうがないかなって。
私も使えるようになってれば、
問題ないし」
ZAXはこれからのことに向けて、
明るい展望を持っているように話しました。
それが…、
それがフォードに
止まらない感情を生み出させました。
「しょうがない…。
しょうがないって、
それでいいのかよ」
「え?」
「あの家買うために、おまえ、どれだけ苦労したんだよ!」
「フォード…?」
「それが、それがPKのギルドハウスになんかなっちまっていいのかよ!」
「PKって言っても、Ryoが使うんだし、」
「Ryoが使うんだからいいのか!? あの家、そんなことするために建てたのか?」
「…」
「だったら、俺は協力なんかするんじゃなかった!
一緒にお前と狩りなんていくんじゃなかった!
赤ネームの…赤ネームの家を建てる協力なんてな!」
「PK、PK、って、…これもUOの遊び方の一つじゃない?
何でそんな風に、かたく考えるのよ!
対人するから、PKになっちゃうってことでしょ!」
「…それでも、
それでも俺は、
PKは許せない!」
そのフォードの言葉を聞くと、
ZAXは黙ってムーンゲートに歩いて行きました。
もう、一言も残さずに。
そしてそれが。
フォードがZAXを見た、
最後の姿になりました。
ZAXが消え去ったあと、
呆然となりながらフォードはムーンゲートを見ていました。
自分でも、
何故あんなことを言ってしまったのか…、
わかりませんでした。
ただはっきりとした事実がありました。
もうフォードの前にZAXは二度と現れず、
この時の言葉に対する弁明や謝罪、
そしてZAXに対するたくさんの感謝の気持ちをついに一言も言えないまま、
突然、
二人の世界は壊れてしまった、
という事実です。
昔…とは言っても、
数ヶ月前にフォードが夜中にスキルシーソーをしている時に、
ZAXが話してくれた言葉が何度も何度もよみがえってきました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
フォードは、
迷わず走り出しました。
namiが慌ててそれを追いかけます。
かつて、
何もわからないままUOを始めて、
迷って歩いたヘイブンの街並みを、
今、
フォード・ダインは力強く進み始めました――。
This story is continued to "the story of Alza-Ril"...
Nobody knows the fate awaited before him but God.
Thank you for reading all these stories.
Please enjoy next adventure,
"The Legend of The Greatest Fencer Queen"!